
ワインのはなし · 饗宴 · 音楽
なぜ人はお酒を飲みながら歌うのか?
酔って歌うのは理性の負けではない。アテネの饗宴でワインは言葉と音楽をほどくきっかけになり、帝国崩壊のあとブルゴーニュの修道士が畑と聖歌で灯火を守り、いまのグラスに続く。
酔って歌うのは、理性の負けではない
酔って歌うのは、理性が負けた瞬間だと思われがちです。でも約2500年前のアテネでは、ちがいました。お酒と歌と会話を同じ席に置くことこそ、考えを深めるための工夫だったのです。
当時の人々は悩んでいました。飲みすぎれば愚かになる。まったく飲まなければ、人生の大きな楽しみを失う。この悩みから生まれたのが、のちの「酒と音楽が一緒にある」文化です。
愚かさの入口か、言葉と歌をほどくきっかけか
答えの一つが「シンポジオン」と呼ばれる集まりです。哲学者たちが横になり、ワインを飲み、竪琴を聴きながら語り合う酒宴でした。プラトンの有名な『饗宴』も、この場を描いた作品です。
ここで人々は気づきます。ワインは理性を壊すだけのものではない。むしろ、言葉や音楽を自由に引き出してくれるきっかけになる、と。飲むことと語ること、歌うことが、一つの文化として結びついたのです。
ところがローマ帝国が崩れると、この幸せは長く続きません。戦乱のなかでぶどう畑は荒れ、音楽もワインも、生きるだけで精一杯の日常から遠ざかります。敵は「飲みすぎ」だけではなかった。文化そのものが途切れることでした。
畝に膝をつき、夜は聖歌を歌う修道士
その灯火を消さなかった人がいます。中世フランス・ブルゴーニュのある修道士です。
彼は朝、荒れた斜面に膝をつきます。土は冷たく、ぶどうの苗は細い。昼は畝を整え、夜は石の礼拝堂でグレゴリオ聖歌を歌います。派手な発明ではありません。畑仕事と祈りを、毎日くり返すだけです。それでもワインも聖歌も、少しずつ磨かれていきました。
この流れは、のちにイタリアのオペラ文化にもつながります。劇場で物語を聴き終えたあと、ワインで祝杯をあげる。形は変わっても、「お酒と芸術が同じ席にある」という願いは残っていたのです。
今夜のグラスに残る、長い約束
だから今夜、グラスを傾けながら口ずさむとき、それは単なる酔った勢いだけではありません。理性を捨てるためではなく、言葉と歌をほどくために酒を呼んだ、長い約束の続きが、いまの一杯に残っています。